青森にて展覧会を企画①
青森県青森市にて展覧会を企画し開催した。
思い返せば一年前。青森国際芸術センターACACにてアーティストインレジデンスの公募があり、そこに応募したことが始まりだった。
青森にはもともと興味があったものの、県立美術館や十和田美術館などが開館した当時、まだ建築学生だった時に訪れて以来十数年未訪問だった。
建築をテーマにしながらの作品展開だったため応募書類を作る際の資料などを探しているうちに、地元青森で大学時代の同級生の森内のどかさんが偶然建築家として働いていることにつながった。彼女が働いていた会社がかつて発行していた建築雑誌「Ahous」のバックナンバーを提供してもらい、プランニングを構築して応募。結果は残念ながら落選となったのだが、僕の中での青森で作品を展開したい熱が既に発し始めていた。
落選だったことを彼女に伝えながら、青森で作品展開を別の形で実現できないか、という話になったのは僕からだったか、彼女からだったか、とにかくダメならば自分たちでやってしまおうという話になったのだった。
40歳目前だった当時、コロナを経て気づいたら中年になっていた当時、あらゆる公募にも落ち続けていた当時、自暴自棄になって管を巻くくらいならば、その力を使って展覧会くらい自分でやってしまえばいいんだと考えていた。押してダメなら引いてみよう理論である。
とはいえ、自分一人では無力なので、地元青森で活動中ののどか(学生時代から下の名前で呼んでいたので、その呼び方で失礼します)に相談を持ちかけたのだった。彼女とは卒業以来、約16年ぶりの再会。結婚して黒滝さんとなり、二児の母となり、建築家となり、大変立派になっていた。会社にも貸しギャラリーがあってそこでもいいんだけど、会社の持ち物件でいい感じのビルもあるからそちらではどうか?という話に、前のめりで「その物件を見たい」となったのはいうまでもない。
夏には現地を訪ね、公私とものパートナーである武政朋子を加えて二人展に、また広報担当として10年来の友人である西川汐さんに手伝ってもらい、企画を進めて行ったのだった。
青森県は美術館が大きく5つあり、そのどれもが現代美術に特化しているというかなり珍しい場所である。また美術館の建築物も名だたる建築家が関係している。当たり前のように美術館を認識している人も多く、来場者も県内の人が多い。そんな場所で、街場で展覧会を企画開催することにはどのような意味があるだろうか。のどかのニュアンスからは、美術館と街と、決して分離しているわけでは無いにしろあちらでやっていることとこちらには段階があるように感じられた。またオープン初日に入ってくれた近所の人々からは、空いた物件はたくさんあるけれど、こんな感じの企画がやられるのは珍しくて嬉しいという意見をいくつか頂いた。
もちろん街には多くの人々がいて十人十色で単純には語れない。でも、美術館主導でもなく、アートスペースでも無い場所で、街場からの動きで今回のような企画が実現したことには大きな意味があるのかもしれない。僕らは作品を作ることしかできないのだが、地元で現場を動かしてくれているのどかさんには本当に大きな動きをしてもらっている。
まだまだオープンしてすぐの展覧会、4月中の毎週末に開催しているので、是非とも春先の青森への旅行がてら、僕らの展覧会にも訪ねてきてほしい。