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その土地ゆかりとは?

2025年04月19日 | exhibition-2

青森市での企画展が滞在制作を経てオープンし、会期も後半戦である。
青森出身でもなければ在住でもなく、旅行で来たことはあっても今まで特に青森と関わったことがある身ではない。言ってしまえば青森は僕にとって縁もゆかりもない土地である。
そんな僕らがここで展覧会を企画実施する際、特に宣伝時には「なぜ青森なのか」「青森にゆかりがあるか」がネックになるようだ。
この場所でなぜ展示をするのかについての経緯は以前書いたので省くのが、ゆかりというのがなかなか曲者の概念である。
地域社会で作品を作る場合、特にコンペやレジデンスなどの際には多く求められる概念で、応募の際の条件の一つにその土地ゆかりであることが求められることも少なくない。
ではゆかりとは何か?その土地出身のことか?在住経験のことか?先祖のルーツのことか?そのようなきっかけがない人に応募資格がないアートイベントとは一体何か?
僕自身、自分の出身地である東京の多摩地域も今住んでいる埼玉県も今まで滞在してきた多くの土地も、それぞれが自分からは一定距離を保った他人の場所として感じている。僕にとってそれぞれの土地にゆかりがある人物として自ら手を挙げることなどができるだろうか。
僕が思うに、ゆかりとはその土地に対してどれだけ汗を流したかという度合いなのでは無いかと仮定している。
では、汗とは一体何か?
一筋縄ではいかないこのゆかりという概念なのだが、面白いことにいざ展覧会がオープンして見に来てくださった方々からは、作品の内容や街場で開催することの重要さに触れてくれることこそあれ、僕らがこの土地にゆかりがあるかどうかの質問が一切無いのである。
また、同時期に展覧会が開催したとある地方の美術館では、名だたる有名作家がキュレーションされていながら、それぞれのゆかりが大変薄っぺらいと感じられたのだった。薄いというのは取って付けたようなコンセプトにおけるその土地性という意味である。
想像するに、企画を通す段階でなんとかその土地にまつわるルーツやコンセプト、リサーチ目的などを捻出しておかないとならないのではないか。
そのために短い準備時間では大変薄っぺらい場所性になってしまうのではないか。
根幹にその土地性が深く関わるタイプの作家であればいいのだが、作家はそれぞれいろんなタイプがいるので、根幹のテーマ性を地域に寄せたり、中途半端に土地性を取り入れたりしてしまうとそもそもが瓦解してしまうこともある。
でも、その地域社会がその土地ゆかりのものをある程度欲していることも確かでもある。
難しい課題だ。
言うは易しなのだが、地域に寄り過ぎもせず、かと言って無碍にもしない、ちょうど良いバランス感覚で作るのが良いのだろう。
僕らの展覧会がそのバランスを実践できているかは自分ではなかなか言い切るのが難しいし、現地メンバーの力量がかなりのものだったので、偉そうなことは言えないのだった。
まずは見に来て、感想をお聞かせいただきたい。