3年半ぶり
展覧会に参加する。
グループ展に参加する。
日本での発表は3年半ぶりだ。
昨年10月ー12月にかけて台北に滞在した。
コロナ前にトーキョーアートアンドスペース・TOKASの二国間交流事業プログラムに通り、
2年越しに台北に派遣されたのだった。
今回はその成果展である。
2022年は台北の他に、別件で1月に韓国仁川でも滞在制作する機会に恵まれた。
コロナ真っ只中の渡航だったため、どちらもビザやら隔離やら検査やら、
前例が少ない事態への対応のために大変な手間がかかった。
時期的に1月の韓国よりも10月の台湾の方がコロナ対策が緩和傾向にあったため、
隔離など諸々緩かったのだが、
一年のうちにコロナ対応の国ごとの違いを体験できるのも貴重なものだった。
コロナ禍はまだまだ終わってはいないのに、パンデミックがすんごい前のことみたいに、
下手すると忘れているような感覚になって恐ろしくなるのは僕だけだろうか。
検証がないまま、ぬるっと日常が覆いかぶさっている。
思い返すと、3年半前は丁度コロナが日本で蔓延し出して、
初めての緊急事態宣言が発令された時期だった。
そんな時、僕は錦糸町のArai Associatesにて個展をオープンしていた。
確かオープン翌日くらいに緊急事態宣言になったか、社会の空気でそうしたのだったか、
個展は急遽閉鎖。その後3ヶ月後に予約制で数日再開するのみでほとんどの人は来れないまま撤収になった。
今回はそれ以来の発表だ。
実は2020年の1月には韓国ソウルでグループ展参加のために作品を現地で作っていた。
コロナ直前だった。
新型ウイルスのニュースを外国の災害として封じる韓国のニュースを、ソジュを飲みながら見た記憶がある。
そういえば、TOKASからの台北派遣が通ったという通知を受けたのも、ソウルでだった。
そのソウルでの企画者の発案で、2020年の春ころ、
パンデミック中の世界からグループ展メンバーが各々の所在地から映像作品などをメルマガで配信しようという企画があったり、
東京都が企画した「アートにエールを」というコロナ禍でのアーティスト支援の映像配信プロジェクトに応募したり、
何かしらやってはいた。
でも実空間での展覧会に作品を発表する、というのは、日本では途切れていた。
同時にこの時期に仕事がフリーに変わった。
自分としても変化は多い時期だった。
社会に対してもかなりうんざりすることが続いていたし、美術に対しても気持ちが離れていたのだと思う。
でもいざ作品を発表する段階になると、まだまだ自分の中に展開欲が溢れていることに気づく。
3年半という時間はかなり長い時間だ。35歳だった僕は39歳になった。
そして今回の展覧会以降はまだ発表の予定がない。
次作品が発表できるのはいつになるだろう。
ちなみにこのブログ更新は4年半以上(!)ぶり。
ブランクは僕のいい加減さのせいかも知れない。
またすぐか数年後か。
この文章を読んでくれた方、次の更新までお元気で!